日系企業進出数

ミィ:バンコク在住8年です。当たり前のように、日本食レストランでご飯を食べ、日本のコンビニやスーパーで買物をしています。車も日本車だらけですし、日本の商品を普通に買って、使っています。外国には、これほど多くの日本の企業があるのは当たり前なのでしょうか?タイが特別なんですか?

長谷場:中国や米国にも多くの日本の企業は進出しています。ですが、タイも多い方で、現在は約5000社の日系企業がタイで、何らかのビジネスを展開しています。今回は、1回目なので、タイにおける日本企業の歴史を紐解いていきます。

現在のタイの主産業である自動車製造業を紐解けば、その理由がわかるでしょう。

タイ政府は、1962年に改訂された産業投資奨励法に基づいて自動車の組み立てを奨励しました。要するに「部品は全部輸入でもいいのでタイで組み立ててください」、ということです。それから10年経った1972年にタイ政府は自動車の国産化部品の使用比率を乗用車は25%以上、商用車(トラックやバス)はエンジン及び運転席付シャーシの段階で25%以上としました。

つまりは、タイ政府は「タイで自動車を作るのであれば、タイ産の部品を少しは使ってくださいね。タイで手に入らないのであれば、タイに部品会社を作ってくださいね」としたわけです。

ミィ:なるほど。日本の部品メーカーさんにタイに進出するようお願いしたわけですね。

長谷場:そうですがうまくいきませんでした。1977年当時は輸入車が認められていて、全体の40%近くを占めていました。タイ国内市場も小さかったので組み立てメーカーは過剰設備を抱えて、1976年〜77年にかけ一部米国メーカーが撤退するとう事態まで生じたのです。

このためタイ政府は、タイにある企業を守るために78年に乗用車及び大型バスの輸入禁止および部品の輸入関税率の引き上げを実施しました。

ミィ:うわっ、キビシー。

長谷場:それだけではありませんよ。国産化部品の使用比率も、乗用車を78年から、商用車を79年から5年以内に段階的に50%まで引き上げる国内自動車産業の育成強化措置をとったのです。

ミィ:徹底してますね。何がなんでもタイで車と部品を作ってくださいと。

長谷場:そうです。それほど自動車産業はタイ経済にとって重要なのです。

ミィ:これが、自動車関連の日本企業が増えるきっかけだったのですね。

長谷場:その通りです。結果、現在は自動車組み立てメーカーは10社以上、一次は100以上の車種が製造されています。その後は、順調にタイで日本車の製造及び販売が続きます。80年代には、タイで走る日本車比率は、約8割にも達したんです。

ミィ:本当にすごいですよね。はじめてタイに来た時は、日本と変わらないほど、日本の車が走っていたことに驚きました。

長谷場:タイで製造される車の多くはタイで販売されますが、ちなみに、現在タイではどのくらいの車が作られていると思いますか?

ミィ:えええ? 見当がつきませんよー。100万台くらいですか?

長谷場:惜しい・・・。確かに100万台の大台を超えていた時期はありますが、最近は80万台ほどです。ただ、自動車保有(乗用車)数は約800万台で約8人に1台が保有している計算です。日本の保有率は約50%ですから、まだまだ増えますよ。

ミィ:えええええ。そうしたら、もっと渋滞しちゃいますよ。

長谷場:そうですね。だからこそ、環境に配慮した、公共交通インフラの整備や道路インフラの再整備などが大切になっていくわけです。

ミィ:そうかぁ、パープルラインとか、都市交通が増えている理由がそこにあるわけですね。

長谷場:では、第2の業界でもある家電について学んで行きましょう。

ミィ:はい、バンコクの街中に日本車が溢れている理由がよくわかりました。

長谷場:ハハハ、文字通り溢れていて渋滞なのですが、それを解消するのも日本の技術が生かされればと思います。

さて、タイにおける電気・電子機器メーカーは、大手が約50社、中小を合わせると300社を超えると言われています。製造品目は、テレビ、ラジオ、扇風機、換気扇、冷蔵庫、エアコン、電気釜、電球、蛍光灯、蓄電池、乾電池、汎用モーター、トランス、配電機器、電話機、オーディオ製品などですが、高級品はまだ輸入に依存しています。

ミィ:テレビや冷蔵庫などの生活家電の多くは、メイドイン“タイ”ということですね。日本、韓国メーカーが多いのは、私も知っています。でも、扇風機はタイメーカーの方が多い気がします。

長谷場:おお! よく見てますね。Hatari製品をよく目にします。比較的簡単な家電製品は、タイメーカーも増えていますね。日本だって、昔は欧米品が先行していたんですよ。ソニーや松下電器のトランジスタラジオからはじまり、今の日本の家電業界を牽引するメーカーの努力によって、国産化、そして海外へと進出していったんです。

ミィ:モノづくり大国ニッポンですね。

長谷場:今風ですね(笑)。1979年、当時はジャパン・アズ・ナンバーワンと海外で評されていたんですよ。日本は学ぶ側から、学ばれる側になったのです。

ミィ:タイもその流れにあると。

長谷場:同じわけではありませんが、タイでも多くの製品の部品は、国産化が進んでいます。ただ、中枢部品はまだ輸入に依存しているものも多く残ります。タイ政府は、国産化率をさらに高めるために、単体部品よりキット化された部品の輸入関税を高くするなどの税制措置、投資奨励法による投資奨励策、政府の行政指導などの措置を講じているんです。

そうして、1982年から、冷蔵庫、エアコンの心臓部であるコンプレッサーの生産が開始されました。

ミィ:はい、税制優遇は、自動車業界の歴史でも学びました。政府の導きは大きいですね。