タイ政府が“中進国の罠”からの脱却を掲げてぶち上げた長期ビジョン「タイランド4.0」。
産業の高度化を目指した同ビジョンでは、東部3県にハイテク産業を誘致する東部経済圏(EEC)計画を立ち上げ、AI(人口知能)やIoT(モノのインターネット)といったデジタル技術の活用を図っている。
発表から3年が経ち、関連市場が拡大する中、日本企業はどこまで入り込めているのだろうか?
ぶち上げから3年。タイではソフトウェア開発、IoT、電子マネー決済(eペイメント)、電子商取引(eコマース)の他、デジタルコンテンツの市場が急拡大し、一般消費者の日常生活レベルでもデジタル分野の浸透を感じるまでに至っている。
タイ政府は、デジタル関連の市場が2027年までにタイのGDPの25%を占めるだろうと予測。すでに、18年に3兆バーツだったeコマース市場は、今年3兆2,000億バーツに達するとの見通しを明らかにするとともに、IT市場全体としても前年比20%以上の拡大を見込んでいる。
日本を無視できない! タイ製造業の未来
約5500社が進出し、製造大国タイを支える自動車メーカーを中心とする巨大サプライチェーンを構成する日系企業にとっても、タイランド4.0は無視できない潮流であり、産業高度化の波の渦中にいる。
タイ経済全体としては、巨大な裾の産業である自動車業界の高度化こそが、タイランド4.0の一丁目一番地のはず。ロボットによる製造ラインの自動化や、ITによる工程管理など、デジタル技術を活用・導入する市場としては極めて大きい。
日系企業のIT分野を活用する新たな試み
そんな中、日本企業が絡む先駆的な動きとして注目されるのが、経済産業省が推進する「日ASEAN新産業創出実証事業」だ。そのひとつに、デンソーが実施する「Connected Industriesにおけるリーンオートメーションシステムインテグレーター(LASI)の育成検証」がある。これは、デンソーがタイにおけるモノづくりの高度化や自動化の促進を目的に、ロボットなどによる手組み、半自動、全自動の製造ラインを用いた効率的な仕組みについて人材育成することで、タイの課題である製造業の生産性を向上させるもの。
その他、NTTデータによる「ASEANトランジット貨物リアルタイムトラッキング基盤サービス実証」や日立ハイテクノロジーズの「タイにおけるシェア工場(スマートファクトリー)実証」など、日系企業のIT分野を活用する新たな試みが進んでいる。
同事業について、JETROバンコクの坂口裕得子氏は「新産業分野においても、フィンテックやマーケティングテックなどではなく、製造業や関連産業の高度化につながる取り組みを行っている企業が多いのが特徴ですね」と話す。
スタートアップが イノベーションを生む
「デジタルという言葉に踊らされると、eペイメントといった生活密着型に目が行きがちですが、タイランド4.0を立ち上げたプラユット首相が望むのは『今後20年をかけて、工場(モノをつくる)としての役割から、価値を創り出す経済への転換を図ること』です。つまり、技術を“買うから作り出す”というイノベーションを起こせる産業構造への転換なのです。だからこそ、自動車や家電といった基幹産業の育成が不可欠で、そのためには日本の力が生きるんです」(坂口氏)。
多くのIT企業がそうであったように、IT分野では類い稀なイノベーションやサービスを持つベンチャー企業が、上場あるいは、ユニコーン企業と呼ばれる設立10年にも満たない非上場企業でありながら評価額10億ドル以上といった会社も誕生している。
前出の坂口氏が「賃金の上昇や生産性の向上への対応として、自動化、省人化へのニーズが強まっており、日本の製造業の基盤を支える中堅企業や中小企業においてもAI(人工知能)やIoT(モノのインターネット)への関心度は高いです。予算規模で諦めるケースが多かったのですが、IT関連のスタートアップとのマッチングは増えています」と話す通り、製造業の分野、しかもタイという異国の地に進出を狙う日系スタートアップが増えているという。
タイ進出を狙う日系スタートアップ
中でも、オンライン決済システムを手がける「Omise」は日本発ではなく、タイを拠点とする決済領域のスタートアップ企業で、タイのスタートアップ熱を高めた中心的な1社でもある。拡大するタイeコマース市場にも参入し、多通貨決済やコンビニ決済、デジタル・ウォレット決済(Alipay)などにも対応。現在は逆輸入企業として日本でもサービスを展開している。その他、大量のビジネス情報をワンストップで収集・分析し、経営企画や法人営業、事業企画の業務を圧倒的に効率化させる「SPEEDA」を開発したユーザーベース、次世代風力発電を開発するチャレナジーなどの日系スタートアップがタイ進出を進める。そして、下表で紹介する3社はまさにタイならではの製造業向けスタートアップだ。
「こうした多くの日系スタートアップ企業は、すでにタイ向けサービスを開始、あるいは準備を進めている企業です。今月23〜27日には、ASEAN最大級のスタートアップイベントが開催されます」(同)。今や日本とタイは、世界に誇るモノづくり大国。両国の結びつきが深まることで、次世代型の製造業界へと変貌することは間違いないだろう。
12のターゲット産業
- 次世代自動車
- スマート電子機器
- 医療・福祉ツーリズム
- 農業・バイオ技術
- 食品
- ロボット産業
- ロジスティクス・航空
- バイオ燃料とバイオ化学
- デジタル
- 医療サービス
- 防衛
- 教育
主な製造業向け 日系スタートアップ企業
ABEJA
(アベジャ)AIプラットフォーム「ABEJA Platform」などを展開。製造・物流の課題にAIを活用。日立物流と共同で危険運転自動検知システムのAI開発や、ダイキン工業、LIXIL、武蔵精密工業といった製造業企業で、検品自動化などのAIソリューションを構築。ディープラーニングの活用を平易にし、あらゆる業界や多くのユーザーに対してAIの恩恵を提供することを目指す。
SKYDISC
(スカイディスク)製造業に特化したAI×IoTソリューションを提供。IoTのセンサデバイス開発から、集まったデータをAIで解析。機械の異常診断、歩留まり率の向上、検品の精度向上などを実現することで、スマートファクトリー化の推進に貢献している。
SmartDrive
(スマートドライブ)車などから走行データを収集し、それらを可視化・解析するサービスを提供するモビリティIoTスタートアップ。ビッグデータ解析と自動車向けハードウェアを開発し、車載デバイスとスマートフォンアプリで「車ログ」を管理できる「スマートドライブ」を開発。
STARTUP THAILAND 2019 : STARTUP NATION
7月23~27日、ASEAN最大級のSTARTUPイベントがバンコクで開催される。世界25カ国の400以上のスタートアップ企業が集結。300人のゲストスピーカーによる資金調達やパートナーシップを提携するプレゼンテーションが行われる他、タイが、アセアンのスタートアップ拠点を宣言。未来のタイの可能性を感じる場となる。