投資奨励申請状況の推移

長谷場:1977年投資奨励法は表を見ていただけるとわかりますが、大きな成果を上げていくことになります。

ミィ:1977年からすごく増えていますね。

長谷場:はい。そうなんです。すごい成果だと思います。しかし、問題がありまして…。

ミィ:え? 大成功じゃないんですか?

長谷場:当時はBOIが奨励している事業毎に(といってもほとんどが製造業ですが)①いくら以上のお金を投資してくださいという最低投資規模②製造したモノの何割を輸出してくださいという輸出比率③タイ企業と一緒に会社を作ってください。その際、タイ側は何割以上の株を持ってくださいというタイ側出資比率、といった条件があったのですね。

ミィ:おぉ! いろいろと条件があったんですね。

長谷場:はい。今ではこれらの条件はほとんどないのですが、当時は「選択的外資導入政策」の影響が残っていたんですね。今でも有名な製造業の企業がタイ企業と合弁になっていることがあります。それはこのタイ政府の方針に従って、パートナーを見つけたからです。

ミィ:40年近くたっても当時の影響が残っている。やっぱり歴史はつながっているんですね。

長谷場:外国企業の出資比率を明確にしたものとして、1983年1月にある布告が発表されています。その中に「合弁に関する基準」というものがあり、進出を認められる外国企業の外資出資比率について次表のように大まかに規定されています。

ミィ:う〜んなんか難しいですね。どういうことですか?

長谷場:簡単に言うと、「タイで作ったものを全て輸出するのであればいいですが、作ったものをタイ国内に売るのであればタイ企業と合弁にしてください」ということです。

ミィ:分かりやすっ! 早く言ってくださいよ、もう。

長谷場:BOIが奨励している以外の事業(サービス業等)は基本的に外国企業規制法で外国企業が行うことを規制していました。そのため、製造業もサービス業も多くの日本企業がタイ企業と一緒に投資する形、すなわち合弁で進出しました。

ミィ:一緒に仲良くやっていこうと。

長谷場:当時はこれでもよかったみたいなのです。というのも、この後、以前に説明した1985年9月のプラザ合意が後押しして、さらに多くの日本企業が進出してきたからです。

ミィ:BNK48も勢いに乗りたいな〜♬