【第46回】EEC(開発の進展と企業の進出)

長谷場:前回は紆余曲折がありながらも少しずつ、イースタン・シーボードの開発が進み始めた、ということを説明しました。

ミィ:めでたし、めでたし。

長谷場:実はイースタン・シーボード開発のために1982~93年までに様々な円借款の契約がされているのですが、その合計額は約2,000億円に達しています。

ミィ:ニセンオクエン?

長谷場:タイ全体に対して、1969年から2016年までの間に合計2兆3,695億円の円借款の契約がされているので、その約8.5パーセントぐらいが82年~93年の11年間でイースタンシーボードのエリアに集中して投下されたことになります。しかも、当時のお金で2,000億円ですから、今にしたら倍以上の価値があるでしょうね。

ミィ:ひぇ〜、ニッポンお金持ち〜。

長谷場:日本からの円借款というお金の面での支援があったこともあり、ガス田からのパイプラインが完成した1981年以降、少しずつ開発が進んできました。
例えば、84年には天然ガスからのガス分離プラントが完成したのですが、2000年代に入ってからも増設を続けています。天然ガスにはいろんな成分が入っているので、これを分離プラントで種類ごとに分けることで様々なモノを作る原料ができるんです。この「原料がある」ということが、石油化学関連企業の進出の呼び水となっています。

ミィ:資源があるっていいですね。お金を掘っているようなものですよー。

長谷場:多くの日系企業がタイ企業と協力してマプタプットに進出してきています。2010年以降も自動車用の高機能タイヤの原料メーカーが進出して生産を開始しています。また、別の企業からは高機能樹脂を生産するプラントを建設するという発表がありました。今ではマプタプットの工業団地は石油化学産業の大集積地になっていて、さらに拡張しているんです。

ミィ:夢がありますねー。

長谷場:タイ最大の港であるレムチャバン港も1986年から工事が開始され、91年に開港しています。こちらは、貿易港として拡大を続けていますし、輸出港として活用しようとした自動車メーカーの進出の呼び水になりました。そして、自動車メーカーの進出は部品メーカーの進出につながりイースタン・シーボードは「東洋のデトロイト」と呼ばれるまでになりました。

ミィ:BNK48シアターも作って欲し〜。

長谷場:そして2018年になった今、イースタン・シーボードと呼ばれる3県を見てみると、35年ぐらい前に「こんな壮大な計画が実現する訳がない」と日本人が笑っていた計画が、もしかしたらその計画以上に実現してしまっているんです。

ミィ:BNK48もあやかりたーい、きゃー。

長谷場:大成功したイースタン・シーボードと呼ばれるエリアをさらに発展させよう、という計画が東部経済回廊(Eastern Economic Corridor:EEC)です。次週からこのEECについて解説します!

—次回に続く

※2018年、週刊ワイズ連載「ミイ泰ビジネスを学ぶ」より
http://www.wisebk.com/