【第41回】2011年の大洪水(タイ人従業員と日系企業)

長谷場:さて、被災してしまった工場のうち450工場が日系企業だったのですが、当時はファースト・カー政策が開始されたころでした。

ミィ:2012年末までに自動車を予約すれば10万バーツが返ってくる、というあれですね。

長谷場:はい。そうです。需要が盛り上がってくるので被災した工場は使えなくても、サプライチェーンを維持するには何としても、どこかで作らなくてはいけません。代替工場の場所を考えた時に「日本」という結論に至った企業がたくさんありました。

ミィ:本家本元ならなんでも作れますからね。

長谷場:しかし、日本で場所と設備を揃えることができても「人」がいません。しかもこの仕事はタイの工場が復活すれば日本からは無くなってしまう仕事です。そこで考えられたのが「タイ人従業員に日本に行ってもらい、日本で生産にあたってもらいたい」ということです。

ミィ:なるほど! 頭いいですね−。

長谷場:ところが日本は外国人労働者の就労を一部の例外を除いて認めていませんでした。しかし、このままでは日系企業に大打撃になってしまいます。そこで現地のニーズとして「タイ人の従業員を特例として(タイの工場が復旧するまで)期間限定を条件に日本で働くことを認めて欲しい」という要望を集めて日本政府に届けました。

ミィ:タイのピンチを助けてください。

長谷場:日本政府の反応はすごく早くて10月28日の閣議で「緊急的一時的措置として、被災企業の工場で勤務していたタイ人従業員の日本での就労を認める」ということが決定されました。

ミィ:イエイ! やったー!

長谷場:実は私、この時は東京で働いていたのですが、経済産業省の緊急ミッションの一員としてタイに来て日系企業のニーズ集めを担当していたんです。決まった時は被災した方々のお役に少し立てた気がして嬉しかったですね。結局、5000人以上のタイ人が日本に行って日本での生産に協力してくれました。

ミィ:うわー、5000人! そんなに大勢のタイ人が日本に働きに来てたんですね。

長谷場:工場を閉鎖したり、移転した企業もありましたが、多くの企業が元の場所で再建して12〜13年の間に操業を再開しました。

ミィ:う〜ん、ドラマですね。日泰協力して大洪水の危機を乗り切ったんですね。

長谷場:操業を再開した企業さん合計13社にインタビューさせていただいたことがあるのですが、その中で強く印象に残っていることがあるんです。私は皆さんに「どうして、洪水リスクがゼロとは言えない同じ場所で再び操業されたのですか?」という質問をしたんです。

ミィ:ですよね。どうしてですか?

長谷場:様々な理由ありましたが、ほぼ全ての会社さんが共通して挙げた理由は「洪水の無い他のエリアに移ったとしても従業員が付いて来てくれるか分からない。仮について来てくれなかった場合、ゼロから従業員を育てなければならない。それであれば洪水のリスクと向き合いながら従業員と共にここで再建した方が合理的と判断した」という趣旨の回答をされたんです。

ミィ:日系企業って従業員を大事にするんですね。

長谷場:社員は家族。東南アジアでタイが製造業の中心の所以ですね。

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—次回に続く

※2018年、週刊ワイズ連載「ミイ泰ビジネスを学ぶ」より
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