長谷場:数回にわたり、アジア通貨危機とタイの親日・反日について勉強してきました

ミィ:教えてもらって本当に良かったです。いろいろあって今があるんですねぇ〜。

長谷場:さて、理解が深まったところで、今も日本企業の悩みの種となっている「外国人事業法(旧外国企業規制法)」を中心にタイ政府の外国企業に対する対応の変化を見ていきたいと思います。

ミィ:よろしくお願いします!

 長谷場:1972年に3つの重要な法律が制定されています。10月に投資奨励法、11月に外国企業規制法、12月に外国人職業規制法の3つです。ところで、この1972年というのはどんな時期だったかな?

ミィ:反日だったんですよね。「日本から経済的に支配されてしまうのではないか?」という不安と極端な貿易赤字から、反日感情が高まったんですよね。

長谷場:そう。それまでタイは比較的外国企業に対して寛容だったのが、この反日の機運が後押しして「日本企業を含む外国企業を選別して、さらにタイでの活動を制限していこう」という政策になってしまいました。それが法律として強く出たのがこれらの法律です。

ミィ:規制して押さえつけてしまえと。

長谷場:外国企業規制法では規制する業種をA、B、Cのカテゴリーに分けて、外国企業のタイへの進出に制限をかけたのです。例えば、Aのカテゴリーに該当してしまう業種は「新規の外国企業を認めない」とした上に「既におこなっている外国企業は2年以内に事業を中止するか資本構成をタイ側がマジョリティー(タイ側の資本割合が過半数以上)となるように変更すること」とされてしまいました。

ミィ:ええ!? 厳しくないですか? それで、どんな事業が対象だったのですか?

長谷場:カテゴリーAには稲作、製塩、地方農産物の国内販売、不動産売買業の他、会計、法律、建築、広告、仲介人あるいは代理人、競売業務、理容・美容業が指定されたんだ。

ミィ:今でもタイでこういう仕事をしている日系企業はたくさんありますよね。

長谷場:そう、その中でも特に影響が大きかったのは商社でした。というのも、そのころの商社の主要業務だった「第3者のために取引の交渉を行って手数料を受け取る」という業務がカテゴリーAの「仲介人あるいは代理人」とされてしまったからです。

ミィ:それは困りますね。それで、商社はどうしたんですか?

長谷場:タイにあった主要な日系商社は期限とされた1974年11月までにパートナーとなるタイ企業を見つけて、タイ側の資本が過半数以上となるタイ法人の別会社を設立して、そこに事業を移すことで、法律違反とならないようにしたんです。もちろん、建築や広告といったカテゴリーAに該当してしまった他の業種でも同じような対応が行われました。

ミィ:うーん、ところで「そんなことならタイから出て行ってやる!」とはならなかったんですか?

長谷場:そのころには既に日本にとってタイが大事な国となっていたからね。離れられない関係になっていたんだ。

—次回に続く

※2018年、週刊ワイズ連載「ミイ泰ビジネスを学ぶ」より
http://www.wisebk.com/