【第27回】「おもてなし大国」日本?(後編)

日本に住む多くの方々は、日本のおもてなしは世界最高峰だと信じていらっしゃることだろう。東京オリンピック開催決定以降、この「おもてなし」は流行語大賞となり、テレビは日本の「おもてなし文化」を持ち上げる。

マニュアル化? されたコンプライアンス遵守

本当に日本に素晴らしい「おもてなし」など存在するのであろうか? インターネットで検索してみると、外国人から見た日本のおもてなしの素晴らしさは以下のようなものだ。

・タクシーの自動ドア
・新幹線の時間の正確さ
・和食の美しい盛り付け
・デパートの接客
・トイレ施設の清潔さ、便利さ

こうして見てみると、日本のおもてなしはデパートの接客を除いて、速さ・正確さ・清潔さ・便利さなどの追求のように思われる。デパートの接客においても、こうしたものを持っているからこそ、評価されているのであろう。

そもそも日本は狭い国土の中で多くの人間が住み、かつ同質社会であることが大きな特徴である。特に話し合わなくても互いの気持ちは察しがつく。また込み合った空間の中で人々が生活し合っていくためには、お互いの生活を気遣いながら生きていかなければならない。こうしたことで、速さ・正確さ・便利さ・静寂性などが日本人の重要な価値となっていった。これは江戸時代の社会から発生したということで「江戸しぐさ」とも呼ばれている。

日本のおもてなしの代表例として挙げられるものが、「茶」の世界である。茶会は儀式である。その中に自由な会話は許されない。同質な日本人の中で、活発な会話は封じられる。一方で「利休七則」に語られるように、その儀式のなかに相手を思いやる心を入れ込むのである。古い日本人の美しい心が茶道に込められている。

しかし振り返って現在の日本。古い話で恐縮であるが、2014年の日本経済新聞のアンケート調査によると外国人は日本の以下のサービスに問題があると答えているが、これらの課題はまだ解決されていない。

・外国語サービスが少ない
・無料Wi-Fiが少ない
・飲食店の仕組みが分からない
(会計システム/食べ方)
・クレジットカードが使えない
・禁煙スペースが無い
・過剰包装
・両替場所がない

世界標準の「おもてなし」

ところがタイで上記項目のほとんど全てにおいて解決されており、問題となっていない。外国人が多く訪れるタイは、既に世界標準の「おもてなし」を習得してしまったのかもしれない。

こんなことを考えながら、日本に5年住み、現在タイに移住してきたアメリカの友人に、この話題を振り向けた。「そうだね、日本のサービスは最初の頃は素晴らしいと思ったが、会社に行ってもレストランに行っても、従業員は同じあいさつと同じ応対しかしない。今はロボットみたいで気持ち悪いと思うよ。それに比べてタイの人たちの方がフランクで人間的だね」。

日本の「おもてなし」は狭い空間の中で相手を思いやることで出発したはずであったが、今や他者から非難されないように、コンプライアンス遵守がマニュアル化されてしまったのではないだろうか? そんな一抹の危惧がさらに私の心をよぎった。