日本人の大きな誤解の二つ目は、タイを含めて世界のほとんどの国が階級社会を是認していることである。

今の政治混乱は支配者階級内の利権争い

自由・平等の象徴の国であるあのアメリカですら機会均等の平等を目指しているが、結果としての平等など期待していない。米国の上位2%の人が40%以上の富を所有するといわれている。

詳しいデータがあるわけではないが、タイの家計調査から推計するに5%の上流、20%の中流、75%の下層階級というのが私の持論である(無論、近年中流階級が急速に育ってきており、これがタイの自動車販売の中期的増加の下地となっている)。

そもそもタイ人の人間関係は2者間においても、ピー(兄)、ノーン(弟)と呼び合う上下関係が存在する。社会のすべてのレベルにおいて上下関係がある。階級が存在するのは必然なのである。

一方で、餓死も凍死もしないタイの下層階級の人々は生活に大きな不安も不満もない。今日起こっている政治の混乱はあくまでも支配者階級内での利権争いなのである。

世界を治める法が仏法

日本人が理解できない3点目が、タイ人の価値観の中にある仏教である。1281年にスコータイ王国制立以来、タイの国教は仏教であることが長く続いたし、今でも僧侶は人々の尊敬の対象である。 西欧の法律よりも仏教の方が人々の共感を勝ち得るし、身近なのである。世界を治める法が仏法であり、その最大の保護者が国王である。また、軍隊はその国王に仕える私兵なのである。いかに日本人の信じる民主主義と遠いものであろうか。

それでも日本人の多くは考えるだろう。「選挙で選ばれた政党政治を転覆させるのはいかがなものか」。タイの大手日刊紙タイラットは2013年の社説で「タイ全土において選挙の後に投票の所に4~5000人が常に列をなして金を受け取り、見返りとして投票を行う形式を民主主義と言えるであろうか」と問題を提起している。

多分、買収される人たちに罪の意識などないのだろう。日常ごく普通に見られる金持ちから下層階級に行われる施しと何ら変わりないのであろうから。

タイの民主主義をどう評価するかは私の職分ではない。しかしタイにはタイの歴史や文化を背景とした考え方ややり方がある。自分と異なる価値観を認めることが出来ないなら、日本人は大きな間違いを犯すであろう。

—次回に続く