【第11回】赴任した国を 好きになる努力をする(前論)

タイやタイ人を理解しようとしない経営者は、タイ進出失敗企業の1つの類型である。タイにはタイ独自の歴史や社会構造があり、またそうしたものに起因したタイ人気質が存在する。今回はそうしたタイ人の特性について説明したい。

取引先であるタイの日系企業の会社訪問をすると、経営者の方から時々以下のようなことを聞く。

● タイ人はまともに働かない。あいつらは怠け者だ
● タイ人に何度同じことを話しても理解できない
● タイ人は働く気がない。すぐに隣の会社に転職してしまう
● タイ人は馬鹿だから、教育するだけ無駄だ。厳しく管理している

残念ながらこうしたことを言う経営者がいる会社は、その多くが業績の悪い会社である。タイ人労働力の質が本当に悪ければ、日本人以上の不良品比率の低さや、効率的なタクト生産ができる会社など存在しない。しかし実際には、日本以上の生産効率が達成されている会社が数多く存在し、だからこそ今でも多くの日系企業がタイに進出してくるのである。

豊かな国のウチとソトを分ける社会

タイを語る上で私がまず申し上げたいのは、「タイは餓死も凍死もしない豊かな国である」ということである。何もしなくても年3回収穫できる米、道わきにはバナナなどの果物がふんだんにあり、食べ物には困らない。また、常夏の国であり屋外で寝ても凍死はしない。生きることへの恐怖感が少ない国なのである。

日本人のように、「失職したら生きていけなくなるかもしれない」などとタイ人は考えない。労働に対しての考え方がそもそも日本人と異なるのである。そうしたタイ人に対して「タイ人はそもそも働く気がない」などと上から目線で馬鹿にすることは正当なことであろうか? タイ人に対しては、日本人とは異なったモチベーションの与え方をしない限り、彼らは働かないのである。

タイ人はまた、自分の身内・仲間とそれ以外の人を分けて取り扱う。依然として国民の40%は農業に従事しており、地縁、血縁を基盤とした社会構造を守っている。共同耕作が必須な農耕社会において、身内・仲間は非常に重要な存在となる。こうした内側の人に対しては最大限の敬意を払うが、外側の人に対しては無視してかかる。日本も1980年初頭ごろまでは、こうした“ムラ社会”であった。

当時発刊されたイザヤ・ベンダサンの『日本人とユダヤ人』(山本書店、1970年)や中根千枝の『タテ社会の人間関係』(講談社現代新書 、1967年)などには、今のタイ人とよく似た日本人の姿が描かれていた。「ウチとソトを分ける社会」において、もしあなたがウチ側の世界に入れないとしたら、誰もあなたの言うことを聞かないのである。

—次回に続く