タイでは1932年の立憲君主民主制制定以来、70回以上政権交代が行われてきたが、これは主に、王族・軍・官僚を基盤とした「タイ人」と、商人から成り上がり民主党を通して政治に関与した「華僑」との利権争いであったと言えよう。

タイに新風、客家出身のタクシン

2001年、タイに新しい風が吹いた。タクシン・シナワット首相の誕生である。タクシンは客家出身の華僑であり、従来タイの支配者階級の一部を構成していた潮州(中国広東省北部の地域)系華僑と一線を画していた。このタクシンの下に集まったのは、従来の支配者階級に否定的であった新興華僑やタイ共産党の元党員などであった。

この元党員らが起草したタクシン政権の政策は、30バーツ医療制度や一村一品運動などであり、農民などから熱狂的な支持を得た。しかしながら、タクシン政権の本質は、田中角栄に似た「土建屋体質」であると私は考える。

当時、緊縮財政などで力を得ていた官僚に対し、タクシンは人事権を有効に行使するとともに、政府機構の外側に独立行政法人を作り、予算配分枠を取り上げることで官僚の力を削いだ。財政出動を積極的に行い、道路などのインフラを整備するとともに、03年にはスワンナプーム国際空港の建設に着手した。整備されたインフラはその後、日系企業がタイに進出する際の大きな決め手となっている。

FTA戦略で外国企業の進出を促進

実業界での成功体験を持つタクシンは、「企業経営的政治」を標榜し、海外に積極的にタイをアピール。東南アジア諸国連合(ASEAN)での主導権獲得を目指したが、こうした態度はタイ国民に大きな自信を与えた。

タクシンはまた、日本企業やタイ企業の経営者の要望なども採り入れて積極的に自由貿易協定(FTA)戦略を展開。日本、アメリカ、欧州連合(EU)、オーストラリア、インドなどは二国間FTA、中国や韓国とはASEANとのFTAを締結。タイのFTAは世界の主要国を網羅している。こうした積極的なFTA戦略によって、日本企業はタイの拠点を世界的な輸出戦略拠点へと格上げしていったのである。

2000年以降、日系企業が次々とタイに進出してきた理由は、以下の4点に収約できる。

● 市場が伸びている
● 良い品質のものが安価で生産できる
● 海外への輸出拠点化
● 日系企業が利益を上げやすい

タイは日系企業が進出しやすい環境を次々と整備することにより、日系企業と共存共栄を図り、経済再生に取り組んできた。一方で、日本政府は国内企業に対して多くの規制と過重なコスト負担を強いてきたため、それに嫌気がさした企業は次々と外に飛び出したのである。

これまで見てきたように、タイは中銀による国内の自立経済安定化、官僚による財政健全化と規制緩和、タクシン政権によるインフラとFTA整備などの諸施策によりタイ経済の復興を成し遂げた。これに対してアベノミクスはま逆の施策を打っている。日本銀行は金融緩和で外資の導入を図り、結果として株式市場の6割以上の取引は外国人になってしまった。放漫な財政支出は世界で例を見ないまでの政府債務の増加になって経済成長の重石となっている。また財政支出と金融緩和に頼るだけの政策で利害関係者の調整が必要な規制緩和はほとんど進んでいない。

日本は政治家・官僚とも自分の利権を追い求めるだけの政治の後進国になってしまったように見える。今一度、歴史に学び日本の明るい将来を展望した施策を展開してもらいたい。

—次回に続く