【第01回】今だからこそ問うアベノミクス(その1)

【第01回】今だからこそ問うアベノミクス(その1)

1980年代の落ちぶれたアメリカ。97年のアジア金融危機の中で瀕死の重傷を負ったタイや韓国。これらの国々はその最悪の状況から、幸運にも恵まれ復帰をなしえてきた。一方で、わが日本はバブル経済崩壊以降、はや20年の年月がたつにもかかわらず、私の目からは回復の兆しが見えない。

ブラックマンデーからの復活

私が2回目の米国赴任をしたのは1987年のことであった。その年の10月19日に史上最大の株の暴落である「ブラックマンデー」が起こり、いよいよ奈落の底へと落ちていった。

一方で、日本はバブル景気を迎え、「Japan as NO.1」ともてはやされた時代である。当時の米国は、株価の暴落から不動産価格の暴落へと連鎖し、住宅貸付組合であるS&Lや銀行が次々と倒産していった。

88~89年にはテキサス州ダラスの大手銀行であるファースト・リパブリックバンク・コープやエムコープが倒産。91年には東海岸のバンク・オブ・ニューイングランド・コープやコネティカット・バンクが倒産、また当時全米5位だったマニュファクチャラーズ・ ハノーバー・トラスト・バンクがケミカル・バンクに救済合併。92年には全米7位だった西海岸のセキュリティー・パシフィック・バンクがバンク・オブ・アメリカに吸収された。

米国の製造業は日本企業に敗れ去り、街には失業者があふれていた。92年に起こったロサンゼルスの大暴動のイメージと重なり、米国はもう復活できないのではないかとさえ思われた。しかし米国は、こうした中でいくつかの重要な施策を行い、再生してきたのである。私は、米国を復活に導いた背景には、以下の3つの要素があると思っている。

学校教育の自由化と結果責任

その第1に挙げられるのが、教育改革である。89年に就任したブッシュ大統領は、全米の州知事を集めて2日間の「教育サミット」を開催。英語、数学、理科、歴史などの主要科目の成績向上を目指すと共に、高校の卒業率を90%超とする目標を立てた。一方で薬物使用、暴力からの解放も目標とした。具体的には、不登校、暴力などの問題児を「オルタナーティブ・スクール」という特別な学校に集め「寛容さゼロ」方針に基づき、厳しい処罰を行うことにしたのだ。

これはアメリカの学校の秩序回復に大きく貢献した。93年に大統領職を引き継いだクリントンは、教育政策についてはブッシュの施策をさらに強化。具体的には、学校教育における父母の関与責任を明確にすると共に、「チャーター・スクール」制度による自主教育を積極的に活用した。

チャーター・スクールは、公立学校でありながら手作りの教育を望む親や教育者たちが独自の教育理念で運営する学校である。自律性が認められるが、一方で厳しい教育結果責任も求められている。91年に始まったこのチャーター・スクールによって学校教育の自由化が推進され、学校間の切磋琢磨が行われ、結果として米国の教育は復権した。

当時私が勤務していた東海銀行ロサンゼルス支店では、学校債の保証業務をいくつか手掛けており、こうした取引先の大学の信用調査のため、何度も大学を訪れた。当時から学長自らがアジア各国を訪問し、優秀な生徒の入学を働きかけると共に、こうした学生のための英語教育の施設を積極的に導入したり、著名な人々を教授に招き入れる努力をしたりしていたことを思い出す。

冷戦終結で軍事技術がIT産業に移行

第2は、IT産業の集積と政府の支援体制である。89年のポーランド、ハンガリーの自由化。同年11月のベルリンの壁の崩壊で勢いを増した東欧の自由化の波は、ついに91年12月にソビエト連邦の解体、ゴルバチョフの辞任へとつながった。長らく続いた米ソ間の緊張は、米国の軍事力一強時代へとなっていく(一方で、経済的には日本の台頭により、米国は衰退への道をたどっていった)。

こうした米ソの冷戦終結は、米航空宇宙局(NASA)や米国防総省(ペンタゴン)に蓄積されていた分散系コンピューター技術の開放につながっていく。当時はまだ大型コンピューター主流の時代だったが、米軍事産業の中では、ソ連のコンピューター技術に対抗するため、多様性とリスク分散の観点から分散系コンピューターの技術開発が優先して行われていたのである。

当時厳しい財政事情を抱えていた米政府は、ソ連崩壊と共に軍需産業への支出を大幅に削減していった。東海銀行は当時、ボーイング、ロッキード、ハワードビューズなどと取引していたが、防衛産業に従事するこれらの企業は政府の支出削減に対応するため、合併と従業員の削減を繰り返していった。

こうした中で防衛産業の技術が米西海岸に集積し、IT産業が栄えていったのである。今でも米防衛産業の中には膨大な技術力が蓄積されていると思われる。友人の技術者は昨年、NASAを見学した際に「X線断層写真技術による解析手法」や「相手にさとられずに(ステレス性)一瞬のうちに情報を伝達する技術」などを見せてもらったというが、「防衛の発想がないと開発をしない技術ではないか」と話している。

—次回に続く