【第79回】銀行におけるビジネスマッチングの有効性(前編)

私はよく「天の利、地の利、人の利に助けられた」というお話をさせて頂くが、「天の利」とは2000年以降急速にタイに生産移管を進めた日系企業の動きを指す。

「地の利」とはタイ最大の商業銀行であるバンコック銀行の強い商品力とチャシリ頭取をはじめとする経営陣からの全面的なバックを示す。
そして「人の利」とは私が東海銀行からバンコック銀行に転職した際、「私のために」とお取引をバンコック銀行で始めて頂いた多くのお客様と日本人・タイ人の同僚、さらには現在20行にも及ぶバンコック銀行提携の日本の銀行(主に地方銀行や政府系金融機関)の方々である。

故細谷英二りそな銀行グループ会長の至言

提携銀行の中で特に印象深いのが、メガ銀行の一つであるりそな銀行グループの故細谷英二会長である。

2000年代前半は日本の銀行全体が苦境にあり、地方銀行のほとんどは国際部門を縮小・廃止していた。

こんな中で私は、バンコック銀行との提携話を持ちかけに日本全国を渡り歩いた。

訪問した多くの銀行では若い担当者が応接に現れ、「けんもほろろ」の対応を受けたものであった。

門前払いを食らった地方銀行も数多くある。

りそな銀行は当時大変苦しい状況にあり、03年に大和銀行グループとあさひ銀行が合併。

その後1兆9,660億円の公的資金が注入され、実質国有化状態の中でJR東日本出身の細谷会長が陣頭指揮を執り、銀行再建が図られたのである。

「銀行の常識は世間の非常識である」という名言を吐かれ、銀行業務に大ナタを振るわれた細谷会長であるが、国際部門も縮小する業務の一つに入っていた。

04年4月、幸運にも私は細谷会長との面談の機会を得た。

「君があの小澤君か」。

どこかで私の名前を聞いて頂いていたようである。

私もこの一言に勇気づけられ、細谷会長に対し「いかに多くの日系企業が海外に進出しているのか」「海外の日系企業を助けることがいかに重要なことなのか」ということを真剣にお話しさせて頂いた。

最後に「是非早い時期にタイに来ていただきたい」とお願いをした。

それから3カ月後、細谷会長はバンコクにおいでになられた。

私どもの銀行にも来て頂き、チャシリ頭取との面談後、私が玄関まで見送りに行くと「君の言う通りだった。

日本の企業はこんなに海外に出ているのだね。

私も考えを少しは変えなくてはいけない」と言い残されていかれた。

それからのりそな銀行の対応は早かった。

04年9月にバンコック銀行と提携契約を締結すると、1年半後には私どもの要請に応えられ、出向者をバンコック銀行に派遣して頂いたのである。

細谷会長の「現地、現物」の精神、更には潔く自らの方針を変更される姿勢に大変感銘を覚えた。

りそな銀行との契約締結後、提携銀行も順次増加、出向者も埼玉りそな、横浜、千葉、名古屋、商工中金と次々と増え、現在は19機関25人にまでなっている。