【第76回】携帯電話依存症になっていませんか(後編)

スマホ紛失、一時パニック状態に

アニメーション映画「シュレック」をモチーフにした4D劇場に入場した。

劇場で渡された特別なメガネを付けて映画を見ると浮き上がる映像に迫力が増す。

主人公が乗る馬や竜が駆け上がる度に椅子が前後に動き、更に臨場感が生まれる。

臆病な私でも十分楽しめる内容であり、すっかり興奮して劇場をあとにした。

ところが、右ポケットに入っているはずのスマホの重みを感じない。

多分椅子が前後に動いた際にズボンのポケットからずり落ちたのだろう。

あわてて劇場に戻り失ったスマホを探すが、薄暗い劇場で自分がどこに座っていたかのも定かではない。

そうこうするうちに次の入れ替えの人達が劇場に入ってきた。

私は早々にあきらめ、従業員のすすめに従って遺失物届の登録を行った。

あとからガイドに聞いた話であるが、シンガポールのユニバーサル・スタジオでは95%以上の確率で高価な遺失物は返ってこないという。

観客は世界中から集まってくるし、加えて「シンガポール人の従業員は遺失物を見つけても返さない」という。

さて、それからが私のパニックの始まりである。

まず電話連絡が出来ない。

もしこのシンガポールで会社の同僚達とはぐれてしまったら、どうやって連絡をとればよいのだろう? また今この時間にも他の人から電話が入っているのではないだろうか? そうだ、時間もわからない。

昔から私は腕時計を持ち歩かないが、最近はすっかりスマホに時間を頼りきっている。

そう言えばスマホに登録していた電話番号がなくなってしまった。

月曜日からは電話もかけられず仕事にならない。

もう一度、1万5千枚の名刺から再度電話番号を登録しなおさなければいけない。

最近では備忘録としてスマホのメモ機能を活用していたが、これも全部なくなってしまった。

これを思い出すことはほぼ不可能なことだ。

そうだ、スマホがないので今は検索機能も使えない。

こんな考えが頭の中をぐるぐると回り続けた。

幸いなことに私の優秀な秘書は、月曜日に私が会社に出勤すると早速警察への遺失届けなど必要な事がらをテキパキと処理してくれ、その日の午後2時には私の手元に新しいスマホが届いた。

この新しいスマホに所有者登録処理を行うと、クラウド機能を通してバックアップ情報が同期化され、電話番号やメモ情報などがほとんど復元した。

趣味の音楽は3000曲以上スマートフォンに登録してあったが、購入済みのソフトプログラムと共に自宅のパソコンから復元できた。

私のパニックは2日で完璧に終わったのである。

便利さに慣れ親しんでしまったツケ

しかし、あのパニックに陥った自分は何だっただろうか。

実は私も携帯電話依存症になっているのではないだろうか。

こんな思いから、携帯電話依存症とは何なのか、インターネットで調べてみた。

医学的には確立された用語ではなさそうである。

以下の症状が3つ以上現れると「携帯電話依存症」と定義されるのが、諸説の最大公約数のようである。

①家に電話を忘れると不安
②電車などの優先席で電話を切らない
③仕事中でも携帯電話をチェックする
④仕事中、携帯電話を見える場所に置いておく
⑤電車やバスに乗ったらメールする
⑥運転中にも携帯電話をいじる
⑦仕事中でもメールが来たらチェックする
⑧対面にいるのにチャットで会話する
⑨15分以上返信がないとイラつく
⑩風呂やトイレまで携帯電話を持ち込む。

皆さんはいくつの項目に該当したであろうか。

幸いなことに私はギリギリのところで携帯電話依存症になっていないようである。

この携帯電話依存症になると学力低下や睡眠不足、さらには交遊関係の悪化につながるようである。

SNSを通じての青少年のいじめが発生し始めてもう久しい。

否、青少年だけでなく“ママ友”のトラブルなど大人の間にも発生している。

私はこの携帯電話依存症から悪影響はまだ受けていない。

しかし今回、シンガポールで起こった“事件”での自分のろうばいぶりを振り返ると、やはり反省せざるをえない。

その昔は携帯電話がなくても友人と待ち合わせ出来たし、団体行動もとれた。

腕時計を持ち歩かないのは生まれてこのかたずっとで、携帯電話を見ることができなくても街中にはいくらでも時計がある。

もし街中の時計がなくても人に聞けば良い。

スマホの電話帳やメモ機能、検索機能も何も常に携帯しなくても人は生きていける。

あまりにも自分が便利さに慣れ親しんでしまったようである。

自分の生存能力機能の低下を発見すると共に、再度生きるたくましさを身につける必要性を感じた今回の“事件”であった。