【第74回】銀行貸出と稲盛経営哲学(後編)

悔やみきれない1件の損失

最初に申し上げた通り、私は銀行員一筋で40年近く働き、現在でも1000社以上の貸出先を取引先に持っている。

自慢にはなるが、現場主義を貫き、工場を600社以上見てきた。

貸し出しをする際には、できるだけ経営者の方と直接お話をしてきた。

これまでの40年以上の銀行員生活の中で、貸出先が倒産し損失を出したことは1回しかない。

現在の取引先の中にも不良債権はない。

それではなぜ、この1件の損失を出してしまったのであろうか。

銀行員にとっては重要なことなので、少しお付き合いいただきたい。

少し言い訳がましくこの損失事例を説明させていただくと、この会社に金を貸したのは私ではなく、私の前任者であった。

東海銀行バンコク支店長の頃の話である。

日本の上場企業を親会社として持つ在タイ日系企業に対して、5,000万円ほどの貸し付けがあった。

この日本の上場企業は政治家たちとの付き合いがあり、あまり良い噂を聞かなかった。

それでも、タイの子会社はアジア通貨危機直後の厳しいタイ経済の中で、何とか利益を捻出していた。

現場主義を信条とする私は、何度かこのタイの子会社に自ら足を運んだが、現地の会社の社長は不在がちで、何を聞いても「本社に任せてある」と言う。

暖簾に腕押しである。

「信頼関係が構築出来ない会社には金は貸さない」のが私のもう一つの信条である。

タイに赴任して1年半経過した頃、私はこの会社からの貸出金回収を決断。

毎月返済してもらうことにより2年かけて貸出金を全額回収する約束にこぎつけたのである。

そしてまさにその1回目の返済が始まろうという月に、日本の親会社が会社更生法を申請したのである。

その頃、この日本の親会社はアメリカのヘッジファンドに買い叩かれ、取引銀行の国内外の債務は担保付きの貸出金を除いて、全く返済がされなかった。

私にとっては悔やんでも悔やみきれない結果となった。

もしあと半年早く気がついていれば、少しでも貸出金は回収できたのである。

私にとっては、この会社向けの貸出金の損失が、自分としては責任を感じる唯一の損失である。

信頼関係と問われる「人間力」

実はもう既に10年以上も経っている今だからこそお話するが、この会社以外にも私はタイで3社ほど、タイ現地法人の親会社の倒産の事例を経験してきた。

当然これらの3社に対して東海銀行は金を貸していたのである。

しかしながら3社のタイ法人の社長はいずれも「小澤さんには苦しいときに大変お世話になった。

小澤さんには迷惑を掛けられないので、お金はお返しします」と言われ、私どもの貸出金はいち早く返済されてきたのである。

銀行員冥利に尽きる話である。

私は今でもこれらの3人の方々には大変感謝している。

こうした人的な信頼関係の構築も銀行貸出の重要な要素である。

同様に、「稲盛経営哲学」の稲盛氏は会社経営を行ううえで、信頼関係は最も重要なものだと述べられている。

決してスコアリングシステムでは本当の貸し出し判断はできない。

銀行員の仕事も経営者の仕事も、その人の持つ「人間力」を問われている、と私は信じて疑わない。