【第73回】銀行貸出と稲盛経営哲学(前編)

銀行員に求められる経営者の視点

私の友人の中には数人の会社社長がいる。

その多くはサラリーマン社長である。

サラリーマン社長といっても、社長になったからには経営者としての責任を皆極めて重く受け止めている。

日本出張の折、この会社社長の一人であるKさんと食事を共にした。

食事中の1時間半あまり、彼は経営者の仕事の重さを訴えるとともに、彼が会社経営を行ううえで助けとしている「稲盛経営哲学」を熱く語ってくれた。

私は経営者ではない。

銀行員一筋で40年近く働いてきた。

銀行員として金貸しの立場から、多くの会社とその経営者を見させていただいてきた。

銀行の貸し出しとは、預金者の大切な預金を原資としてお金を貸すのである。

貸出人の返済が滞れば、最終的には預金名の預金が目減りする。

幸いにして、日本では個人である一般預金者が損失を被った例は少ないが、世界的には決して珍しい話ではない。

1997年のアジア通貨危機では、タイのファイナンスカンパニーの56社が閉鎖となり、その預金が塩漬けとなった。

結果として、閉鎖されたファイナンスカンパニーの預金者は預金の約半分を失ったのである。

「銀行員は晴れた日に傘を貸す」と、よく揶揄される。

銀行員のあまりにリスクを被らない姿勢は非難されても仕方がないが、一方で野放図に貸し出しをしても良いということではない。

私が銀行に入社した40年ほど前は、貸し出しのやり方について先輩たちから厳しく教育された。

「貸し出しとは返済なり」というのは、貸し出しマンとして基本的な命題である。

貸し出しを行うにあたっては、その返済原資が何になるのかをよく検討しなければならない。

詳細は省くが、貸し出しの返済原資は7つあり、そのうち最も重要なものがその会社が上げる利益である。

資金を供与している貸出先の会社が利益を上げられるか否かは、その会社が属する業界動向や商品ニーズ、会社の生産能力、品質、コストなどあらゆる面からの分析が必要となってくる。

こうしたことから、銀行員には会社の経営者と同様の視点が求められるのである。

スコアリングシステムの盲点

しかしながら、最近の銀行員にはこうした視点を持っている人はほとんどいない。

コンピューター技術の進化と業務効率化の要請から世界中の大半の銀行は「財務諸表分析システム」を導入し、会社の信用力を評点で表すようになった。

バンコック銀行に出向してきている日本の銀行員からは「この会社は評点が75点なので、あと1億円まで貸し出しても大丈夫です」などという言葉が聞こえる。

財務状況を点数化して審査する「スコアリングシステム」がその銀行の仕組みとして組み込まれてしまっているため、彼らがそう言うのも致し方ないことだと諦めている。

しかし一方で、私の部下となった人たちには是非「貸し出しの基本」をわかってもらいたい。
こうした思いから、バンコック銀行日系企業部に入部した新入行員(日本の銀行からの出向者を含む)向けレクチャーである「小澤塾」においては、「貸し出しとは何か」という講座を20時間以上設定して教育している。

そもそもスコアリングで金を貸す行為は「貸し出し」ではない。

貸し出しとは「返済される」か「返済されない」かの二者択一である。

そのためには繰り返しになるが、その返済原資の詳細な検討が必要となる。

特に収益については、「将来の収益力」を見通す眼力が必要である。

まさにその会社の経営者と同一の視点と能力が要求されるのである。

ところが、大半の銀行で採用されているスコアリングシステムでは、評点によって貸出上限を定める。

当然のことながら、スコアリングシステムを活用しているため、数量化出来る「過去の数字」のみを集め、定性的な要因は軽視されている。

こうした資金の提供方法は、私流に言うと「投資」であって「貸し出し」ではないのである。

それでは、どういった会社が貸し出しの返済原資を生み出す「収益を上げられる会社」なのであろうか? 会社経営に「解」がないように、ここでも一つの正解は存在しない。

このため、私は「小澤塾」の受講者たちに必ず2冊は経営学の本を読ませ、それを講義の中で議論することによって会社経営の在り方を少しでも皆にわかってもらおうと努力している。

私は、受講者たちにどのような本を読むのか強制はしない。

各々が気に入った本、目についた本を読めば良いと思っている。

しかし、経営学の本といってもいくつかにジャンル分けされる。

皆が読んでくる本は、大きく5つの種類に分けられる。

一つは米国では一般的なMBA経営学。

2つ目はフィリップ・コトラーなどによるマーケティング理論。

3つ目はトヨタ生産方式やコールトラッカーの「ゴール」に代表される生産経営学。

4つ目は成功している会社の経営者の方たちの成功談。

最後にピーター・ドラッカーや稲盛和夫に代表される経営哲学である。

正直にお話をすると、私は冒頭に述べたKさんにお会いするまで稲盛氏の著書を読んだことがなかった。

しかしKさんのあまりにも熱心な語り口に影響され、稲盛氏の著書を数冊読ませていただいた。

私にとっても多くの点で共感がもてる素晴らしい著書である。

特に「人生、仕事の結果=考え方×熱意×能力」という乗数計算には、まさにその通りだと感服した。

そして、それを成し遂げるために人間力を鍛えていく必要性についても全く同感である。

「会社経営の可否の8割は経営者によって決まる」と一般的に言われる。

稲盛経営哲学を実践される経営者がいる会社は、まず間違いなくうまくいくのではないだろうか。