【第72回】食は芸術、食は文化(後編)

急増するタイ人経営の日本食レストラン

食は芸術である。

「おいしい」という味覚のみならず視覚、嗅覚、食感などを総動員して食材を楽しむ。

これにおいしい酒やワインを合わせると、食事の楽しみは倍増する。

こうした日本食の素晴しさを是非世界中の人に伝えたいと思う。

振り返ってタイ。

タイにも3600店を超える多くの日本食レストランがある。

日本食と言ってもその範囲は広い。

会席、割烹料理、すし、天ぷら、そばなど、鎖国社会であった江戸時代に日本独自の進化をとげた、いわゆる日本料理がある。これら日本料理の特徴は何かと言えば、食材としては野菜、豆類、魚介類を使用する▽素材に合わせて手を加えず、素材の良さを引き出す▽具体的には食材の切り方(包丁の入れ方)に細心の注意を払う▽だしのうまみを基本の味として、大豆ベースのしょうゆ、みそで味付けする―といったことに集約されるのではないだろうか。

こうした古典的な日本料理に対して他国料理を日本風にアレンジしたカレーライス、トンカツ、オムライス、すき焼き、ラーメンなども立派に日本食として世界中で認知されてきている。

タイにはこれらの専門店も多数進出している。

特にタイ人に人気があるトンカツやラーメンなどは、大変な激戦地帯となっている。

2007年以降毎年200店舗ずつの勢いで増えてきた日本食レストランであるが、日本人経営者が撤退し、タイ人に権利を譲渡しているケースも多く存在すると聞く。

こうした業界に詳しい方にお話を伺うと、主に二つの理由があるようである。

第一の理由は、当初の味やサービスが維持出来なくなることである。

これは私にも経験がある。

バンコクで激戦区にあるラーメン屋の事例だが、ラーメンの「熱いスープ」を維持できている店はほんの数店に限られている。

日本でもラーメン屋は1年間に新たに3000店開店するが、同じ数だけ閉店していくと聞いたことがある。

厨房の中は大変過酷な労働環境で、重いものを持ったりするため、腱鞘炎やぎっくり腰になることもままあり、熱湯を使うことなどから厨房内の温度は60度以上となる。

こんな環境の中で熱いスープを出し続けることがタイ人の料理人は出来なくなってしまうようである。

また、サービスの劣化もよく目にするところである。

2~3分で商品が提供される「早さ」が売りものの日本食チェーン店に入っても、タイでは30分以上待たされることは度々ある。

日本人の私にとっては、これでは何のためにこの店を選んだのかわからなくなる。

味やサービスが変わらない店は定期的に日本人が店を巡回している。

こうした地道な努力があって初めて日本食レストランは営業が継続していくのである。

二つ目の問題点は、店舗のコストの高さであろう。

日本人をターゲットとして日本人が多く住む地区に店舗を開店すると、土地代は日本より高くなる。

これに見合う料金設定をしようとすると、下手すると日本の1.5倍の値段になってしまう。

こうなると日本人も入らないし、タイ人も入らないということになる。

タイ人が経営する日本料理屋の中には、タイ人富裕層をねらって「思い切って高い値段設定」をしている店もある。

こうした店は意外にも、かえって大成功している。

日本での金銭感覚に慣れ親しんだ我々にはまねの出来ない芸当である。

タイの日本食は世界で一番レベルが高い

うまくいかない日本食レストランの事例を挙げてきたが、それでもタイでは日本食レストランは確実に増加し、現在タイ全土で3600店を越える日本食レストランがある。

日本人駐在員の増加もあるが、親日的なタイ人が積極的に日本食を食べてくれていることに間違いはない。

先日、タイから米ロサンゼルスに転勤された方が、タイに遊びに来てタイの日本食の質の高さと種類の豊富さに改めて驚いていた。

間違いなくタイの日本食は世界で一番レベルが高い。

こうしたタイで暮らせることは幸せなことである。

「タイではこれだけ日本食が受け入れられ、日本食品も製造しています。

これからはタイを日本食品の輸出基地として育て、積極的に日本食を世界に広げようではないですか」。

当地で日本食に関係されている方からの提言である。

タイ人を味方につけ、日本食を世界に広げるのは、決して夢物語ではない。