【第66回】日本食は最強の親善大使(前編)

私の仕事は銀行員。23歳から43年間にわたり銀行で働いてきた。銀行員の仕事といえば、よくイメージされるのが「預金集め」と「貸し出し」。私が銀行員として勤め始めた頃は、これに振り込みなどの「決済業務」を加えた3業務ができれば立派な銀行員であった。

金融サービスの提供にとどまらない銀行業務

日本も第2次世界大戦の戦後間もなくは、復興の原資となる預金集めに日本全体が邁進し、その預金をベースに企業は新たな投資を行い、日本の経済発展につなげてきた。

まさに預金と貸し出しの間をつなぐ銀行業務は、日本復興の陰の立役者であった。

しかし、高度成長を経て企業が金余り状態になると、銀行の役割も徐々に変わらざるを得なくなってきた。

さらに取引先企業の海外進出に伴うグローバル化に進展し、ITに代表される技術革新も銀行の業務内容を大きく変質させた。

時代の変遷に適応できない企業はいつの時代も生き残っていけない。

我々バンコック銀行日系企業部もこの例外とはなりえず、何の努力もしなければ時代のあだ花になるかもしれない。

タイに進出した日系企業の成熟化に伴い、銀行の提供できるサービスが縮小するのは、日本の地方銀行の例を見れば必然かもしれない。

さらにはタイにおける日系進出企業が今後ほかのアジアの国に移転する、あるいは衰退していってしまうかもしれない。

これも日本の地方銀行が日本で直面している課題である。

こうした事態にならないように、我々バンコック銀行日系企業部は日々新たな道を模索している。

お客様の業務に資するあらゆる金融サービスの提供を図ることは当然であり、これだけでは十分ではない。

お客様がタイで業績向上をして頂くために、労働法や関税などの実務に即したセミナーを年4回開催している。

また商談会や地方銀行による顧客パーティーの開催を支援することにより、在タイ日系企業間のつながりをつくり商売自体の創造を目論んでいる。

こうしたことは銀行本来の仕事とは言えないかもしれない。

しかし、我々バンコック銀行日系企業部はお客様のタイでの成功なくして存続しえないのである。

この延長線上で、我々がいま取り組んでいる課題が「日本食材のタイへの輸出振興」である。

タイでの日本食材商談会に意味はあるのか

ところがこの「日本の食材のタイへの輸出振興」はそれほど簡単なことではなかったのである。

今でも県や市などの地方公共団体が各地の特産物の売り込みや観光振興を目的としてツアーを組んで日本からやってくる。

今から5年ほど前は「門前市をなす」ほど多かった。

これら地方公共団体ツアー御一行様は、昼間はタイの政府機関と日本大使館などを訪問。

夕方は商談会や展示会などと称して主に日本人相手のパーティーを催す。

翌日になると日本の新聞に取り上げられる。

しかしこうした行為にどれだけの意味があるのだろうか?
ある地方公共団体の例でいえば、50人の団体でバンコクに乗り込んできたが、このうち30人は地方政府の職員である。

税金の無駄使いだと思うのは私だけであろうか? 性懲りもなく毎年こうしたツアーを送りこんでくる県や市がいまだある。

なぜ私がこうしたことを無駄だと考えるかというと、タイにおける日本食材の卸売業者がすでに数社に淘汰されているからである。

B To Bの商談会をやるならこの数社を呼べば事足りるのである。

これらの卸売業者はいずれも日本から商品を買い取り、在庫リスクや商品の陳腐化リスクを覚悟の上で商売をされている。

まさに体を張っての商売である。

現状を考えれば商売の取引規模もそこそこで、かつすでにリスクを取られて商売をされている方がおられる中での新規参入は易しくない。

これらの会社の方々は当然のことながら日本の新たな食材を求めて日本全国津々浦々を歩かれている。

また日本で開催される有名な物産展にも必ず足を運ばれる。

私も3年ほど前、勉強のために東京・池袋のサンシャインシティで開かれた「北と南の物産展」を見学したが、この会場でもこれら在タイ日本食品卸売業者の方々にお会いした。

これらの方々が「日本の県や市の職員の方々より私どものほうが地方の特産品は知っています」と言われるのも、むべなるかなである。

こんな方々に対して地方公共団体の方がわざわざタイに来て日本食材の商談会を催すことがいかに意味のないことかお分かりいただけるであろう。