【第63回】独見「チップ」考(後編)

今週は、タイのチップについて考えてみよう。最初に申し上げたように、タイのチップは「施し」である。その前提として、タイが階級社会であることを理解しなければならない。

階級によって支払われる額は異なる

タイの階級社会は「貴族」「平民」のような明確な階層があるわけではない。

そもそも餓死も凍死もしない豊かな国土を持つタイ人は、西洋史で語られるような「土地をベースとした階層分化」が進行しなかった。

一方で、米作を行う農耕社会は共同作業が要求される。

これを可能としたのが、「保護・非保護」をベースとした緩やかな人間関係である。

この「保護・非保護」の関係は、現在のタイの階級社会の特徴である。

階級を構成するものは出世、学歴、貧富の差、職業など複合的に錯綜している。

こうした中で「保護階級」が「非保護階級」に対して行う行為が「施し」である。

チップもこの「施し」の一形態であると考えるとわかりやすい。

しかし日本人には、この「施し」の概念は更に理解しがたいものとなる。

タイに住むほとんどの日本人は、タイのチップも米国のチップと同様にサービスの対価と考えている。

このためそれぞれのサービスについて、相場を考えて払おうとする。

ちなみにゴルフのキャディーに対しては300バーツ、タイ式マッサージには100バーツ、レストランでは料金を支払った後のおつりの小銭を置いてくる人が多い。

15年ほど前は、ゴルフのキャディーとタイ式マッサージのチップは同じ100バーツが相場であった。

その後、若い女性の多いキャディーへのチップは、日本人男性ゴルファーの気前の良さで年々上がり現在300バーツ。

一方、タイ式マッサージのチップが現在も100バーツに据え置かれているのは、個人的には少しかわいそうな気がする。

それでは、タイ人はどのようにチップを払っているのであろうか? 私の経験話をさせていただくと、属している階級によってチップの払い方が明らかに異なっているのである。

最近はあまりゴルフをやらないので、20年程前の話をさせて頂く。

当時「100バーツ」が日本人の相場であったキャディーへのチップであるが、バンコック銀行の幹部クラスとゴルフをすると、彼らは「300バーツから500バーツ」のチップを払っていた。

更にタイの大臣経験者や、大金持ちのオーナーらとゴルフをすると1人「1,000バーツ」のチップを払っていたのである。

当時私がどのくらいチップを払ってよいかわからず困惑していると、こうした人たちはさっさと私の分のチップまで払ってくれた。

レストランのチップに対しても同様である。

タイの大金持ちたちはレストランの支払額に関係なく、「1,000バーツから2,000バーツ」のチップを払う。

これに対してサラリーマン階級は「100バーツから200バーツ」程度である。

それぞれの階級によって支払われるチップの額は異なる。

そして、この払われるチップの額によって人々の敬意の念も順序付けされるのだ。

チップの額が少ない人はタイの社会ではあまり敬意を払われない人であり、十分なサービスが受けられなくなるのである。

社会の大切な潤滑油

階級社会を経験していない日本人にとって、正規の料金以外に他者に「金」を渡す行為は馴染みの薄い習慣である。

ましてやコンプライアンスのうるさい近年の日本では、金品のやり取りはわいろ行為のように受けとられかねない。

しかし、階級社会が厳然と存在する世界の大方の国においては、プレゼントなどの金品のやり取りは社会の大切な潤滑油なのである。

これまで見てきたように、米国やタイではチップの概念こそ若干異なるが、チップも同様に社会の大切な潤滑油なのである。

日本人が現地社会に溶け込むためにはチップの習慣に慣れ、それぞれの社会に受け入れられるだけのチップを堂々と支払える「心と懐」の余裕が必要である。

最近タイ人は日本人のことをケチだと感じ始めている。

今から20年前、円が強くバーツは安かった。

またタイの物価も安かった。

円で給与をもらう日本人はタイ人に対し気前の良い存在であった。

タイの物価が上がり、一方でデフレと円安により、日本人のバーツ建ての身入りは減少。

こんな中で日本人は馴染みのない習慣であろうチップに無関心で、多くを払おうとしない。

タイ人から敬意を払われるためには相応のチップも必要である。

日本人がチップを気前よく払えるようになるためには、日本そのものが豊かになる必要がある。

経済力を含めた「日本の強い国力」と「円高」は、海外に住む日本人にとっては生命線であると思うのは私だけであろうか。