【第52回】人生いろいろ運転手もいろいろ(前編)


タイ在住22年目に入ったが、日本では滅多に味わえない経験として「運転手付き自動車の使用」がある。

この21年間私は主に4人の運転手を使ってきた。

運転手は単純に自動車を運転するものと思っていたが、運転手にはそれぞれ特徴があり、運転の仕方にこんなに差があるものかと勉強させてもらった。

今でこそバンコク都内に高架鉄道や地下鉄が4路線出来たが、いまだに公共交通機関は不十分。自分で自動車を運転しようにも交通標識が統一されず、さらに日本人には解読不能なタイ文字で書かれている。

また、都内は絶対的に道路面積が足りず(都市に占める道路の割合はバンコク9%、東京16%、米ニューヨーク・マンハッタン28%)、苦肉の策としてバンコクでは時間帯によって道路の上下線の車線数を変えたりする。タイ語が読めないと、時間帯によっては反対車線を間違えて走ることになり、大事故に繋がる。

タイではまた、10年ぐらい前までは自動車でも「赤信号は注意して通り抜ける」ということがあった。最近はかなり運転マナーも良くなったが、ウインカーをつけない車線変更は当たり前。車線もあってないようなもので、車線をまたいでの運転も当たり前。これに加え、オートバイがこの自動車の間隙を縫って縦横無尽に走っている。まったく、危ないったらありゃしない。

こんな状況なので、タイに赴任した大半の日本人駐在員には運転手付きの自動車があてがわれる。日本にいて運転手付きの自動車に乗れるのは、政治家や高級官僚、一部上場会社の役員、中小企業の社長などごく一部の人に限られる。こんな中で、私は21年もの長きにわたって運転手付き自動車に乗れたのである。なんと幸せなことであろうか。今回は、私の4人の運転手の違いについて感じたことを紹介したい。

フェラーリを抜き返す元レーサー

まず、W運転手についてである。元レーサーだった彼は運転がとてもうまかった。当時はタイの道路には制限速度がなかったため、時速200キロ以上で走ることも当たり前。追い抜きする時はパッシングサインを出した後、時速150キロで走行していても、前の自動車の1メートルぐらいまで車を接近させ、横幅30センチほどで追い抜いていく。

W運転手を使っていた頃の私はバンコクから100キロ以上離れた工業団地にある顧客を頻繁に訪問し、年間3万キロぐらいを自動車で移動していた。時間を効率的に使いたかった私は、移動時間を短くしてくれるW運転手の自動車運転は大変ありがたかったが、後部座席に乗りながら生きた心地がしなかった。

とにかく気が強い。ある時は高速道路でフェラーリに抜かれ、突然スイッチが全開。フェラーリを追走しフェラーリを抜き返した時、フェラーリの運転手が苦笑いをしていた。また別の車が車線変更をする時なども絶対に自分の車の前には入れさせなかった。

市街地でも彼の運転には特徴があった。それは少しでも前に出ようとする姿勢である。複数の車線があり、信号機などで自動車を停車させる時は、車線変更をして一番待ちが少ない車線に移動をした。

しかし、待ち自動車が少ない車線には少ないなりの理由がある。前に大型トラックがいたり左折車がいたりする。大型トラックは加速が遅いので、その後についていればこちらも青信号に変わった後、加速が遅くなる。結果として隣の車線の車がどんどん追い越していくのに、こちらは出遅れてしまう。

右折車や左折車がいても似たようなことが起こる。毎日の通勤経路のため、混雑のあり方などわかってよさそうなものなのにW運転手は自分のポリシーを変えない。常に一歩でも前に出ようとするのである。

おざわひとし。1977年東海銀行入行。2003年より現職。米国在住10年。バンコク在住21年。趣味:クラシック歌唱、サックス・フルート演奏。現在ウェブマガジン「ニュース屋台村」に記事掲載中。

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