【第39回】頑張れ!日本の自動車産業(前編)

日本にいるとあまり実感がないようだが、今や日本の製造業はがけっぷち状態にある。「日本の屋台骨を支えているのは唯一、自動車産業のみ」というのは言い過ぎであろうか。その日本の自動車産業ですら生き残りが可能か否かの瀬戸際に立たされているように私には思える。

米国の技術導入から始まった日本の自動車産業

少し前の話になるが、2014年3月22、23の両日にわたりTBS系列で放映された「リーダーズ」というテレビドラマは日本の自動車産業の興盛期をつづったものであり、特にトヨタ自動車及び関連会社にお勤めであった方々からは大きな支持を得た番組である。そこには、アメリカで開発された自動車を国民化したいという熱い思いの人々が描きだされ、創意工夫の中で夢を実現していった話が展開されている。

確かにその頑張りは素晴らしいものであり、ひいては日本の“生産方式”を世界に知らしめることになっていく。しかし冷静に考えてみると、日本の自動車産業はアメリカの物まねから始まったのである。

日本の自動車産業が繁栄していった背景には、極めて幸運な環境がいくつも重なったと言っても過言ではないと思える。第一に、第2次世界大戦後の世界は、米国を中心とした資本主義陣営とソ連・中国に代表される共産圏の深刻な対立があった。両陣営は政治的には対立したが、経済的には米国・西欧を中心とした資本主義陣営が圧倒的に裕福であり、日本は幸運にもこの資本主義陣営に組み込まれていたのである。

米国は敵に対しては徹底的に攻撃するが、友人に対しては寛容な国である。時には米国から収奪されながらも日本は米国に小判ザメのようにくっついて技術を習得し、製造業の基盤をつくっていった。

米国も意図的に日本にそうした役割を与え、日本は安く品質のよい工業品の供給国としてその地位が向上し、いつの間にか日本は米国に次ぐ世界で2番目の経済大国となった。

日本の自動車メーカーは、経済規模が世界で1、2位である米国・日本において基盤を確立することによって世界的なメーカーと目されるようになったのである。

しかし、あくまでも日本の自動車は小型車に強みを持ちながら米国車よりも安く品質良好で、かつ燃費が良いという米国車のコピーであった。たまたま米国、日本とも第2次世界大戦後に中流階級が醸成されていたという時期でもあった。90年代は米国と日本で世界の国民総生産(GDP)の約半分を占めていた。米国と日本の中流階級に支持される自動車を作れば世界を制したことになった時代であった。

—次回に続く