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【第16回】アジア通貨危機からの「親日」(田中角栄総理が訪タイ)

長谷場:1970年代、貿易問題で反日感情が高まったというお話を先週しました。

ミィ:今では想像もできないことのでビックリですよ。

長谷場:あるタイ政府高官が1969年に「日本人は日本の航空会社でタイにやってきて、日本人経営のホテルに泊まり、日本食を食べる。観光客のお目当ては「夜」だけだ」という発言をしたことがありました。実際には日本人経営のホテルなんて殆どなかったと言われているので、この発言の中身が正しかったかどうかは別として、このころは日本への不満が高まって行った時期でした。

ミィ:観光客はそうかもしれないですけど。進出した企業はタイでの雇用や経済に貢献していますよね。悪い面ばかりを強調されるのってちょっと・・・。

 長谷場:このころ日本側は「貢献している」と思っていても、タイ側の捉え方は違っていて「日本が経済的にタイを飲み込もうとしている」と受け止めていた人が多かったようです。それに拍車をかけたのが当時の日本人観光客や在留邦人のタイ人に対するマナーの悪さがあったみたい。日本人というと「尊大」、「わがまま」、「詐取」というイメージが強かったんです。

ミィ:カンジ悪いですね—。未だにそういう勘違いした偉そうな人もいますが。

長谷場:極めつけは1974年1月。田中角栄総理大臣(当時)が訪タイしているのですが、その時は学生を中心に何万人規模の抗議デモが行われました。そして、なんと田中総理はそのデモの学生代表と約1時間にわたって意見交換しているんです。

ミィ:ブルトーザーって言われていたんですよね。フットワークが軽い!

長谷場:よく知ってるね。時間のない中でも必要だと思ったことはすぐに対応する姿勢はさすが総理って関心するね。その際、学生リーダーから田中総理に「(日本とタイの)貿易不均衡の是正を求める要望書」が手渡されています。日本の総理大臣の訪タイ時に日本の経済進出に対するタイ人の不満を強烈に表明したという訳。

ミィ:学生が総理に要望書!? それで、田中総理と学生の会見の結果はどうなったんですか?

長谷場:大成功して以降デモや反日は収まった・・・。

ミィ:さすが!

長谷場:といいたいところですが、残念ながら当時の報道によると「意見のすれちがい」に終わってしまい、上手くいったとは言えなかったみたいです。

ミィ:えー、田中総理でも解決できなかったんですか? じゃあどうやってタイは今のような親日になったのですか?

長谷場:関係はこじれるとなかなか修復されないんですよ、はぁ・・・。

ミィ:遠い目しないで教えてくださーい!!!

—次回に続く

※2018年、週刊ワイズ連載「ミイ泰ビジネスを学ぶ」より
http://www.wisebk.com/